生き人形(4/4)
翌日。
仕事を終えて帰ってきた稲川さんに、稲川さんの奥さんが話しかけてきた。
「ただいま〜」
「あなた…大変よ…」
「なにが?」
「前野さん死んだみたい…」
「なんだそれ!?死んだみたい、って、どういう事なんだよ!」
あまりに突然の話に動揺しながらも、稲川さんは奥さんに事の真相を聞いてみた。
「焼け死んだんだって…」
「いつ!?」
「夕べ…」
「???らしいってのはどういう事なんだよ!?」
というのも、この火災は新聞やニュースでも取り上げられたのだが、遺体の身元がどうにもハッキリしないらしいのだ。この時点、当然警察による検死は行なわれていたのだが未だ不明なのだという。深夜に前野さんの家から出火したのだから、出てきた焼死体は当然前野さんである可能性が高いにもかかわらず、である。
「そんな訳ないよ!!!だって俺、夕べ前野さんと電話で話してたんだもん!!!」
…しかし残念ながらその遺体は前野さん本人であった。しかし稲川さんはどうにも釈然としなかったという。稲川さんはこの前野さんとは長い付き合いであったから前野さんの人柄というものを熟知している。それによれば前野さんという人物は大変几帳面であり、寝タバコはしない、お酒だっていい加減な飲み方はしない、という性格であった。ましてや翌日には海外への出発を控えた大事な夜に、酒を飲んだくれて潰れてしまうような事など、考えられない事だというのだ。それにそもそも酒には相当強いというのもある。
結局、前野さんが泥酔して火事を出したという事でこの件は落ち着いたのだが、
ある日稲川さんは奇妙な事に気が付いた。警察が割り出した前野さんの死亡時刻の事である。よくよく思い出してみれば、稲川さんが前野さんと電話で話していたのは火事の真っ最中なのである。
もし仮に稲川さんと電話で話した後に前野さんがお酒を飲み、酔ってしまって火事になっている事にも気が付かないほどに意識を失うまでには相当の時間がかかるはずだ。
しかし前野さんは稲川さんに電話をかけてきた…。
稲川さんはこう言う。
「…という事は、俺と話しているときには前野さんの周りはすでに
炎に包まれていたか、もしくは…すでに前野さんは死んだ後だった
という事になるんですよね…」
稲川さんは前野さんという親しい友人の死ををきっかけに、この事件にはほとほと嫌気が差し、完全に忘れようと心に誓った。その後も何回かこの話をTVの怪奇特集で取り上げたいという話が持ちかけられたのだが、もはや稲川さんはまったく聞く耳を持たなかった。
一刻も早く忘れたかったのだ。
それにこの話をする事によって周囲の人間に不幸が訪れるのもイヤだった。
そして10数年の年月が流れた。
もはや人形やそれにまつわる色々な事件の事も人々の心から忘れ去られようとしていた。稲川さんの元に一本の電話があった。電話の主は、西伊豆のホテルを経営する父を持つ女性からであった。
今は結婚して会社を退職している。
関西のTV放送の後、この女性の父親の経営するホテルがある西伊豆まで稲川さんと前野さんの2人が向かった、という事があったのはご存知の通りだ。
「やぁ、久しぶりだね」
懐かしさに色々な昔話を楽しく交わしていた稲川さんと女性であったが、ふと女性が稲川さんに相談事を持ちかけてきた。
「稲川さん、ちょっと相談があるんですが…」
それまでの明るい話し声とはうってかわった深刻な口調に、稲川さんも真剣に耳を傾けた。
それによると、この女性には結婚して可愛い女の子の子供が出来たという。今ではもう4歳くらいになり、言葉もちゃんとしゃべれるようになったのだが、この子の様子が最近おかしいのだという。
夜の夜中にこの子が、
「…へ〜、そうなんだ。ふ〜ん面白いね〜。アハハ!そっか〜…」
このような寝言を言うようになったのだという。しかし正確にはこれは寝言ではなかった。
(随分ハッキリした寝言を言うんだな…)
と思い、思わず目を覚ました女性だったが、子供の様子を見て
背中に冷たいものが走ったという。真夜中の12:00を回った、深夜である。にもかかわらず4歳の子供が布団の上にキチンと正座をして、誰も居ない場所、空間に向かって楽しそうに話をしているのだ。しかもそれはこの晩だけではなくしょっちゅう、今も続いているのだという。しかし、
「寝言を言っている子供には話しかけてはいけない」
という事をどこかで耳にしていた女性はつとめて冷静に、子供には話しかけなかったのだという。
だがさすがに気味が悪くなった女性は、ある日怒鳴り声のような大声でその子に
話しかけたという。
「誰と話してるの!!!???」
するとその子は平然と答えたという。
「うん、お姉ちゃんとお話ししてるの」
「お姉ちゃんって…どこに居るの!!!???」
「お姉ちゃんここにいるもん」
とその子が指を指した方向を恐る恐る見てみても、誰も居なかったという。恐ろしくなった女性は子供を無理矢理寝かしつけ、自分も眠ってしまった。その翌朝、女性は子供に質問してみた。
「…お姉ちゃんってどんな子だった?」
「お姉ちゃんはねぇ、すごくちっちゃいの。おかっぱ頭でね、お着物を着てるの」
「でも稲川さん…あたしそんな知り合い居ないです…」
女性は恐ろしさに声を震わせながら電話口で話している。
そこで稲川さんは女性にアドバイスをした。
「じゃあね、その子に今度お姉ちゃんが来たらそのお姉ちゃんはどんなご用事があって来ているのか聞いてもらいなさい」
「はい…」
それからしばらくして稲川さんの元に再びその女性から電話があった。相変わらず子供は
「ふ〜ん、そう。そうなんだ〜。面白いね〜。アハハ!」
といった具合に、様子は変わらない。しかしその女性はもはや眠るどころの話では無い。恐怖のあまり布団をかぶって、中でガタガタ震えていたのだという。
そして翌日。
「お姉ちゃんはどんなご用事があったの?」
「うん。お姉ちゃんはねぇ、お姉ちゃんのお母さんを探してるんだって」
「?お姉ちゃんのお母さんって…誰なの?」
「お姉ちゃんのお母さんっていうのはねぇ、お姉ちゃんのお着物を作ってくれた人なんだって」
この時の様子を克明に電話口で話しながら女性が口を開いた。
「そういえば稲川さん…。あたしの母が「例の人形」の着物を作りましたよね…」
女性はこの話を自分の母親にも話したという事だったが、それを聞いた女性の母親が、あの人形のことが気になるから一度見てみたい、と言っているらしいのだ。稲川さんは了解し、現在人形を預けているお寺の人と連絡を取る事を約束した。
人形は最後に前野さんが預けたお寺に、今も安置されている。
電話でお寺の方に確認してみたところ、毎日お供え物をあげて、着物や体もたまに掃除して大事に奉ってあるのだという。
稲川さんは事情を話し、一度人形に会いに行ってもかまわないかという事を聞くと、お寺の人は快く承諾してくれた。
安心した稲川さんは女性にこの事を伝えようと思ったのだが、たまたま仕事の仲間から電話が入り、話し込んでしまった。電話が終わった後に稲川さんは女性に電話する事を思い出し、受話器に手を伸ばした。
すると、まさにその瞬間である。
電話が鳴った。
「ハイ、稲川ですが」
「あぁ、こんにちは、先程はどうも…」
電話をかけてきたのは、ついさっき稲川さんが電話で話した、人形を預かってもらっているお寺の人であった。
「あぁ、こちらこそ。先程はどうも。今週中にでも私とその女性、それと母親で
そちらに伺おうかと思ってるんですよ」
「実は…その事なんですが…」
「?どうかしましたか?」
「…居ないんですよ…」
聞いてみると、稲川さんとの電話の後、そのお寺の人は人形の様子を見てみようと思い、奉ってある場所に行ってみたのだという。すると信じられない事に人形の姿が無かったという事であった。そばに置いてあった人形用の着物も一緒になくなっていたのだという。結局人形に会いに行く事は出来なくなってしまった。
それからしばらくして、再び女性から電話があった。
「稲川さん…。最近娘が以前とは違う事を言ってるんです」
「…どんな事?」
「お母さ〜ん。お姉ちゃんはねぇ、あっちの方でバラバラになってるよ?」
それ聞いたとき、稲川さんの頭にはなぜか「四国」が思い浮かんだという。なぜなのかは稲川さん自身理解できなかったという。
しかしよく考えてみると、四国というのはあの前野さんの菩提寺がある土地なのだ。つまり前野さんの実家が、四国にはあるのである。だがこの話を聞いても特に稲川さんは驚かなかった。むしろ納得したようにこの話を聞いていた。というのも、この電話を女性からもらう直前に稲川さんの身に不思議な事が起こっていたのだ。
稲川さんの部屋はマンションの最上階にある。
稲川さんはクーラーが苦手な為、夏の暑い日は窓を開けて寝てしまうのだという。最上階なので風通しが良く、心地よく寝られるのだ。枕元の窓にはスダレがしてあるのだが、たまにマネージャーが入ってくるとそのスダレがこすれるような音がするので、すぐに目が覚めるという。
この日も稲川さんは寝ていたのだが、
「パタパタパタ…」
という聞き慣れた音で目が覚めた。
「…ウ〜ン。ガンちゃんかい?どうしたの?」
ガンちゃんという愛称のマネージャーなのだが、この日は稲川さんが声をかけても返事をしないで部屋の中を歩き回っている。不審に思った稲川さんだったが、眠たかったので特に気には留めず、再び眠ってしまった。
後日稲川さんはガンちゃんに聞いてみたのだが、稲川さんの部屋には行っていないと言う。
しかしそれからずっと、である。その不審な物音は一向にやむ気配が無い。稲川さんが眠っている最中だけではなく、起きているときにもハッキリとその音は確認できるほど鮮明なのだ。
稲川さんはそのうち、
「…来る…」
と、感じ取れるまでになってしまったという。稲川さんにはその足音の主が誰なのかはほぼ見当がついていた。
「…恐らくあの人形は生きていて、今も自分に関わった人間を求めて
さ迷い歩いているんだ…。という事は…」
その時である。
稲川さんが「という事は…」と考えた瞬間に稲川さんは自分に向けられている不気味な視線に気が付いた。
ビックリして辺りを見渡してみる。するとフスマの隙間が開いていた。
そこには…。
おかっぱ頭で真っ白い肌をした女の子が顔を半分隙間から覗かせて、稲川さんの方を「ジーッ」と見つめているのだ。
来ているのです。
稲川さんの方を見ているのです。
それは今も続いているのです。
「…進行中なんですよ、この話…」
このお話を録音したテープが、10年くらい前に発売されたそうですが、テープを購入した人たちから、クレームが殺到したんだそうです。なんでも、再生中に、考えられないような現象が相次いだらしいです。1週間も経たないうちに、このテープは発売中止になったという…。
でね…
このお話は、まだ終わっていないんですよ…。
去年のサイキックで、こんな話を聞いたんです…。
最近…
稲川さんが、チャップリンの格好をして写真をとったら…
亡くなった人形師の方と、例の人形が…
稲川さんの両端に写っていたらしいんですよ…。
■テレビ局関係者H・Tさんのコメント
知り合いがこちらであの番組について語ってると聞きました。
「関係者の一人としてキミの話はおもしろいからちょっと書けば」とうながされ最初で最後ですが、私の知ってる範囲の話をお伝えします。
TV業界では心霊モノを扱う時暗黙の了解というのがあります。それは決して「ホンモノばかり編集してはいけない」ということ。必ず視聴者が科学的現象または思い込みだと判別できるものを取り入れておくというものなのです。
そのため心霊を扱う「生放送」というのは要注意でした。
しかしそのきっかけとなったのが「生き人形生放送事件」なのです。
皆さんの中では「心霊写真の謎を暴く」という放送をご存知の方もいらっしゃるでしょう。あれも「光り」「ムラ」「二重露光」「反射」などわりと簡単にわかるものを採用したのです。ホンモノは局にも来ますが絶対にタブーでした。それくらいのトラウマを呼んだのが…あの放送です。
特に少年については強烈でした。
警備員は出演者入場口で少年が「おはようございます」とあいさつして入っていくのを目撃しましたし、受付も見ています。しかも前夜の打ち合わせの際にホテルのロビーで東京のスタッフが目撃。かなりの数の人間が見ていたので「仕込み」と考えた人間がいたのもそのせいでしたが、まさか画面に映りこむとは思わずあれでスタッフの方がパニックになってしまいました。
「再放送がないのか」とか「ビデオは?」などという問いがあるそうですね。
テープはあります。しかしお話のとおり「タブー」です。局の人間は手放さないでしょう。局外の人間が持ち出すしかないので不可能です。それと人形の場所もわかっています。
「あれはもう扱こうたらあかんねん」
当時は若かった私も今や立場が上になりましたので先輩に聞いたらにべもなく断られました。私がお話できるのはここまでです。
カテゴリ:危険!
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