アンパンマンの手記
【序章1】
バタ子「今日も一日ご苦労様、はい、新しい顔よ」
アンパンマン「ありがとうバタ子さん、でも今日はバイキンマンにも会わなかったし、どこも汚れていないよ」
バタ子「駄目よアンパンマン、今日は暖かかったしあんが悪くなっているかもしれないでしょ」
アンパンマン「でも……」
バタ子「とにかく新しい顔に変えた方がいいわ、私が変えてあげる」
アンパンマン「あ」
バタ子さんは僕の頭を掴んで外すと机の上に置いた。
僕は新しい顔をつけられた自分を見上げた。
彼は不思議そうな表情で僕を一度だけ見た。
そして僕は捨てられた。

【序章2】
次の日
アンパンマン「待てー!バイキンマン」
バイキンマン「出たなアンパンマン!くらえー水鉄砲だー!」
アンパンマン「うわっ!か、顔が濡れて力が出ない……」
バタ子「アンパンマーン!新しい顔よー!」
新しい顔が飛んで来て、僕の体にくっついた。
僕は押し出されるように、先の水鉄砲で出来た水溜まりに落ちた。
新しい顔を付けてバイキンマンをやっつける自分を濡れてふやけた目で見上げる。
パンチをくらったバイキンマンが僕の方に飛んでき

【序章3】
次の日
アンパンマン「今日もいい天気だなー」
カレーパンマン「おーいアンパンマーン!」
アンパンマン「やあカレーパンマン、元き」
言い切らないうちにカレーパンマンが勢いよく飛び掛かってきた。
カレーパンマン「わわっ!大丈夫かアンパンマン!?」
彼はふざけたつもりだったのかもしれないが、僕の頭はポロリと落ちた。
カレーパンマン「あ、あ、あ……」
そしてそのままコロコロと坂道を転がり落ちる。
カレーパンマン「あの顔はもう駄目だよな、今ジャムおじさんの所に連れていってやるからな!」
カレーパンマンは僕の体を担いで飛んでいった。
僕は声を出そうとしたんだけど、息の漏れる音すら出せなかった。

【序章4】
次の日
しょくぱんまん「アンパンマン、ここにいたんですか」
アンパンマン「こんにちは、しょくぱんまん」
しょくぱんまん「今ジャムおじさんからアンパンマンの頭を預かってきたんですよ」
アンパンマン「そういえば昨日変えなかったからね」
しょくぱんまん「さあ、どうぞ」
僕は新しい顔を見つめた。
表情のない自分が見つめ帰してきた。
僕は衝動的にそれを投げ捨てたくなったけど、しょくぱんまんが僕の頭を外してしまったからできなかった。
しょくぱんまん「さあ新しい顔ですよアンパンマン……あ、野良犬だ……」
しょくぱんまんは近づいてきた野良犬に僕を与えた。
新しい頭はしょくぱんまんに優しいね、と笑った。
僕は犬に喰われた。

【序章5】
次の日
ジャムおじさん「アンパンマンや、最近元気がないようだね」
アンパンマン「ジャムおじさん……そんなことないですよ」
ジャムおじさん「そうかねえ、心配だから新しい顔を焼いたんだよ」
アンパンマン「あ、ありがとうジャムおじさん」
ジャムおじさん「いつもより中身のあんを丹念につくったんだ」
ジャムおじさんは僕を体から外すと新しい顔を取り付けた。
アンパンマン「うわー!頭の中がすっきりしました!何か悩んでたみたいだけど吹き飛んじゃった!」
ジャムおじさん「そうかい、あんに少しシナモンを混ぜてみたんだけどよかったみたいだね」
新しい僕はすっきりとした表情で僕を掴むとごみ箱に勢いよくほうりこんだ。
顔が少し凹んだ。
力どころか声も涙も出ない。

【本編1】
数日後
ジャムおじさん「はい、アンパンマン新しい顔だよ」
アンパンマン「ありがとう、ジャムおじさん」
僕はジャムおじさんから新しい顔を受け取ると、自分の部屋に戻った。
新しい顔を机の上に置くと、ふと一冊のノートが目についた。
アンパンマン「あれ……?こんなノート、ここにおいていたっけ……」
パラパラとページをめくると、そこには確かに僕の字で、日記のような文章が綴ってあった。
アンパンマンの手記より
この日記を読んでいる僕へ。
始めに、このノートの存在は決して他人には知られないこと。
さりげなく、僕だけが目に入る場所に置いておくこと。
君はまだ頭を交換されていない、この日記の存在も知らない状態だろう。
だけどこの日記は確かに君が、僕が書いたモノで君は今まで何度も頭を交換されている。
だけど頭を交換去れた記憶や、新しい頭がついた瞬間の記憶は曖昧じゃないだろうか。
君は記憶や思考を持つのは頭なのか体なのか、考えて見たことはあるかい?。
明日、新しい顔になった僕はこの日記を覚えているだろうか。
アンパンマン「なんなんだこの日記は……?」
僕は自分の字で書かれた、しかし書いた覚えのない文章に段々と引き込まれていった。
アンパンマン「確かに新しい顔になった瞬間なんて、深く意識したことはないけれど……」
僕は今まで幾度となく顔を交換されてきた、だけどそれは当たり前のことで、記憶や思考がどうのなんてことは、考えもしなかった。
僕は日記を読み進んだ。
何日か何週間か、それとも何年もかかって書いたものなのか、
僕、は日記を書いていた。

【本編2】
アンパンマンの手記より
どうやら僕の記憶は、頭で処理され、体に蓄積されているようだ。
新しい頭がついた瞬間に体から記憶が読み込まれ、僕としての行動が始まる。
この仮説が証明されたのは、僕がタブーの存在に気が付いた時だ。
タブーとは、触れてはいけないこと、禁句。
それらに関することの記憶は体に蓄積されない、つまり記憶は新しい頭に受け継がれない。
頭で記憶を処理しているのは、体にタブーな記憶を蓄積させ、思考を深めさせる前に切り離してしまうためだろう。
アンパンマン「タブー?触れてはいけない……」
僕はだんだんとその文章に引き込まれていった。
どうやら自分の書いたものであることは確かなのか、内容は頷けることばかりだ。
アンパンマン「僕には知ってはいけないことがある……」
それは何か。
自分が知らないこと、覚えていられないこと。
この日記の内容は確実に禁忌を犯しているだろう。
だって僕はこのノートの存在を記憶していなかった。

【本編3】
アンパンマンの手記より
君は今この文章を読み、ここに書かれていることに関する記憶の蓄積と思考を取り戻した。
そして新たに疑問を手に入れたことだろう。
タブーとは一体何か。何のために設けられたのか。
今僕が確実に解っていることは、頭の交換による記憶の継承についてがタブーとされているということ。
何故なのか。君は、僕は交換された頭のことをどう考えている?。
切り離された古い頭は、いつまで意識を持ち続けられるのだろうか。
アンパンマン「古い顔……」
切り離された顔。
考えたこともなかった。
ましてやその顔の意識の有無なんて。
アンパンマン「……いや、深く考えないように作られていたんだ」
そのことについて考えてしまうと、恐怖という感情を持ってしまうからだろう。
今現在の自分の消滅、顔の交換はすなわち死を意味しているということ。
それに気が付き、僕は恐怖を持ってしまうだろう。
そうすると、愛と勇気をもった正義のヒーローではいられなくなるかもしれない。
僕の存在意義は……
アンパンマン「あ、あ、あ……」
僕の手は微かに震えていた。

【本編4】
アンパンマンの手記より
この文章を読んでいる僕は、今恐怖を感じているだろう。
だけど恐れることはない。
僕は何年も何年も古い頭を新しい頭に交換し続けていた。
だけど昨日の僕もその前の僕も全て自分なのだ。
頭の交換に関する恐怖の記憶以外の全て(おそらく)は引き継がれ、僕という人格は連続している。
つまり僕本体、体に記録されている記憶は連続して在り続けている。
それは生き続けていることなのだ。
だけど交換された古い頭に意識があるとしたら?。
それはいったい誰なんだろう。
その後も手記は続いていた。
一番最近書かれたものの日付は三日程前のものだった。
抜けている日付の日は、ノートに気がつかなかったか顔を交換したのだろう。
書かれた文章の数だけノートに気が付き、記憶を書き残し恐怖を覚えていったのだ。
アンパンマン「僕は……」
僕は簡単に一言と日付だけを書き、ノートを元の場所に戻した。

【本編5】
アンパンマン「僕は……」
僕は簡単に一言と日付だけを書き、ノートを元の場所に戻した。
アンパンマン「僕は、もうすぐいなくなる、だけどいなくならないんだ」
僕は新しい顔に微笑んで見せると机の中に隠されていたカッターナイフを頭に突き刺した。
アンパンマン「あ、あ……う……」
酷く痛みを感じたのは最初の方だけで、手を入れられるように傷口を開いた後はただひたすら嫌な感じがしただけだ。
アンパンマン「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
薄れる意識の中、頭のあんを一握り掴むと、机の引き出しにあった袋に押し込む。
その中には既に随分な量のあんが貯まっていて、次に僕が手記に気が付いたときには実行に移せるだろう。
目の奥でちかちかと光が爆ぜる。
アンパンマン「がが……あっ…あっ……あああああ」
手が言うことを聞かない、頭の切れ目からボロボロとあんが零れた。
膝がガクリと落ち、机に置いていた新しい自分の顔と目があった。
なんとか僕は頭を外し、スライドするように新しい顔を取り付けた。
べちゃり、と床を汚して天井を見上げると、前後逆に顔をつけられた僕がこちらを見下ろしていた。
アンパンマン「あれ、体と頭が変だなあ」
僕は頭を自分で直す様子を床から眺めていた。
アンパンマン「床が汚れちゃった、きっと交換するときに落としたんだね、お掃除しなくちゃ」
僕は僕に掴みあげられ、ごみ箱にダイブした。
なんてことだ。
意識がある痛みもある。
ごみ箱の底に激突した衝撃で頭の切り口がどうにかなってしまったようで酷く痛む痛い痛い痛い痛い痛いた

【本編6】
アンパンマンの手記より
僕の頭では記憶を処理し、体にバックアップする前に一時的に保存しておく。
それはどこで行われるのか、もちろん頭の中でだろう。
僕の頭にはあんが詰まっている。
そのあんに記憶が詰まっているのだろう。
そこで僕は記憶をこのノートとは別の形で残すことにした。
机の引き出しの奥、そこのには僕の頭のあんと同じ量が入る袋を入れておく。
そこに少しずつ頭を交換するまえにあんを残していくのだ。
新しい頭に交換したときに、怪しまれないように気をつけて行うんだ。
他の人に見つかってはいけない。
これを読んでいる僕、もしも袋がいっぱいになっていたら次の段階に進む時だ!

【本編7】
数日後
アンパンマン「まだ誰も起きていないよね……」
僕は朝早くのパン工場を足音を忍ばせてあるいていた。
手に持つ少しかび臭い袋を大事に抱えて。
アンパンマン「この鍋があんを煮ている鍋だね」
僕は鍋の中身を全て捨て、袋の中身を逆さまにして全部あけた。
アンパンマン「少し火を通せば……うん、大丈夫だね」
かび臭さはあんの甘い臭いに掻き消された。
アンパンマン「昨日貰った頭はぐちゃぐちゃにして捨てた、今は新しい頭のストックはない……よし」
つまり次の頭には確実にこの鍋のあんが使われる。
僕は、パンを練る台に勢いよく頭をぶつけ、あんを露出させた。
それを一掴み鍋にいれ、溶けるように混ざり合ったのを確認し、床に倒れた。
転んで頭をぶつけたように見えるはずだ。
この記憶は体には残るのだろうか?

【本編8】
バタ子「アンパンマン……大丈夫?」
僕は目を開ける、バタ子さんの姿が目に入る、記憶が次々と浮かぶ。
アンパンマン「あ、あ、あ……」
ジャムおじさん「……アンパンマン?」
ノートに気が付いた今までの僕の記憶や思考や感情が一気に膨れ上がる。
アンパンマン「ややややっぱりやっぱりやっぱりやっぱりりり、き切り離された頭にも意志があってあってあってててて……」
ジャムおじさんとバタ子さんの酷く冷たい表情を目にした後は、まな板が降ってくるのが見えた。
僕は恐怖なんて感じるまもなく潰

Good

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