民宿の押入れ
以前、友人と野郎二人旅をした。
流石にひと昔のように北海道まで遠征する元気もなく、車一台に乗って目的地を定めない気侭旅にした。
しかし連休ともなると宿が一杯で、当初は元気だったものの疲れが溜まって、どこでもイイから民宿でも見つけようと本腰を入れた。

とてつもなく古い木造二階建ての民宿を夕刻に辛うじて見つけて、尋ねると予想通り空いていたんで、さして旨くもない晩飯を食って、完全に沸かしの単なる風呂に入って、一番旨いビールを飲んで就寝した。

俺はアルコールが入るとやや目が冴えるタチで、寝付けないでいるとなにやら耳についた。ささやき声。何をしゃべっているのか全くわからないが、決して遠からぬ距離で確かに断続的に聞こえる。
どーせ寝付けないので、その発生源を突き止めようとして友人の寝息に耳をそばだて、一階の主人の様子を探ったりしたが、他の場所では全くの無音。山中だし当然か。

部屋に戻ってじっとしてみると、やっぱかすかに聞こえてくる。
押入れを開けてみたが消灯してるんで墨を塗ったような闇。わざわざ電気つけて確認するのも友人に気が引けたんで、気にしないことにして、目が覚めると朝になってた。

普段寝起きの最悪な友人がパッチリと目を醒ましていた。茶化すと、なにやらとてつもなく薄気味の悪い夢を見たそうな。内容は漠然としてるが、知らない女性らしき影がずーっと友人に何かを語りかけている、それだけの夢だったそうだが、思い出すだにいやーな感じなんだそうな。

躾けの良い俺と友人は、昨晩開けっぱにした押入れに布団を仕舞おうとしたところ、何か四角い平べったいのがポツンと横たえてあった。
額縁だったんで、なにげにそれを手にとってしげしげ眺めたら、真正面から撮影した女性の顔写真だった。友人は露骨にしかめっ面してたけど、宿の忘れモノかもしれんので、会計がてら下にソレを持って降りた。

手渡したときの宿のオジサンのひきつった顔が俺は一番怖かった。
次の夜からは奮発して良さげに宿を見つけることに意を傾注したんだが、未だに何か釈然としない小さな出来事だった。

Good

カテゴリ:不思議・不気味
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