山奥の民宿
紅葉の美しい季節、私はとある山にやってきた。目的は趣味である写真撮影。
以前はよく訪れていたのだが、ここ数年はすっかりご無沙汰だったため久しぶりに故郷に帰ってきたような感覚。
そのせいもあり、少々はしゃぎすぎてしまい、日帰りの予定だったのだがそのまま帰る気力も無く、麓の旅館に泊まることにした。
しかし観光シーズンということもあり、どこの旅館も急な客を受け入れる余裕など無く断られてしまった。
自分の知っている旅館は全て周ったのだがどこも満室。探しているウチに辺りも真っ暗、もう電車も間に合わない時間になってしまった。
やはり素直に帰るべきだったかも、などと悔やみながら途方に暮れてると紅葉の柄が印象的な着物姿の女が私に声をかけてきた。
「もしもし、宿をお探しでしょうか。もしよろしかったらわたくしの店にいらっしゃいな。さびれてしまった民宿の離れの間で宜しかったらですが…」
渡りに船の思いがけない誘い、声をかけてきた女も色白で大和撫子を思わせる。
「これは断る手は無い!」と思い私は喜んでお世話になることにした。
女の話では民宿があるのは山の方まで戻り、更に山の入り口から30分ほど歩いた場所らしい。つまり殆ど山の中に建ってるとのことだ。
この一帯の宿は全部知っていると思っていたので、へぇこんな所にこんな宿があったのかと私は驚いた。
民宿までの道中は、女の宿もやはり観光客で満室だということ、女は宿の女将だということ、そんな他愛もない会話をしながら歩いていった。
暫くすると遠くに建物が見えてきた。私は旅館と呼んでも遜色ない程豪華な日本家屋に圧倒される。
だが建物自体はかなり古くよく見ると所々ヒビが入っていたり、裏に防空壕の跡のようなものもあったのでどうやら戦前からのものであるらしいことが分かった。
私は少し不気味さを感じつつ宿に入った。
すぐに現れた若い仲居に女将が事情を説明し、そのまま私は「離れの間」とやらまで案内されることになった。
「どうぞこちらへ、ご案内致します」
仲居は丁寧に一礼して私を導く。なにとなく周りを観察しながらついて行くと、外から見た印象と同じく内装も古びたものだった。
ふと、何故か満室のはずなのになぜだか静まり返っているのに気づく。
「今日は観光客でいっぱいだと聞きましたが、嫌に静かですね」
「ええ、皆さんもうお休みになられているようで、もうあのような時間ですし…」
彼女の目線の先の柱時計を見る。なるほどいつのまに二十三時を回っていたのか。
その時、ひとつだけ襖に青い札が貼ってある部屋を見つけた。
「仲居さん、あの札の貼られた部屋はなんですか?」
「あぁ…あれはなんと言いましょうか…私どもは『閉じた間』と呼んでおります」
「いわゆる"開かずの間"ですか?」
「えぇ…以前はお客様用に開放していたのですが何度もおかしな事が起こりまして…」
「おかしなこと…ですか」
「…ご宿泊中もあの部屋には極力近づかないようにしてくださいませ」
「えぇ、分かりました」
そう言いながらも私はその部屋に興味津々だった。札の貼られた襖の奥から漂う、異様な雰囲気に惹き付けられたのだ。
「さぁ…離れはこちらです」
私の泊まる離れは『閉じた間』の丁度正面にあった。
三時間程待ち、従業員も寝静まった頃合を見計らって私は青い札の正面に立つ。ただ私は一目だけでもこの部屋の中を見てみたかった。
近くで札をよく見てみると墨で経のようなものと紋様が描かれている。この方面に疎い私には何が書かれているか分からないが恐らく封印の類だろう。
ゆっくり、札を、剥いだ。
右手で襖をゆっくりと横に引く、緊張して思わず札を握り締め、部屋の中を覗き見る。
暗がりでよく見えないが開かれた襖の中は、なんてことは無い、普通の旅館と同じだった。
部屋の中央の置かれた足の短い木製のテーブル、その上には急須とトレーに逆さに置かれた湯飲み、部屋の隅に積まれた座布団に、壁にかかった掛け軸。
他の部屋もそうなのだろうと想像が付く。
「なんだ拍子抜けだなぁ」
そう言いつつ少し安堵して部屋を出ようとすると
"トンッ"
軽い音がした。
体中の血の気が引く音がした。恐怖のあまり急いで振り返ると赤い札が押入れ一面に貼られていた。音はその中から聞こえた気がした。
近づいて戸を拳の角で軽く叩いてみる。"トンッ"同じ音だどうやらここからした音に間違いない。
「だれか…いるんですか?」
返事は無い、代わりに"トンッ"と中から戸を叩く音。
「…居るんですね。」
私の胸は高鳴った。未知との者に出会えた興奮、そして恐怖。私は「押入れ」にいくつか質問をすることにした。
「いくつか質問をしてもいいですか?声を出せないのなら俺の質問に答えるとき『はい』なら一度『いいえ』なら二度戸を叩いてださい」
――――"トンッ"
「『はい』…ですね?ありがとう。…あなたはずっとここに?」
――――"ポンッ"
「寂しいですか?」
――――"トントンッ"
「あなたは幽霊…ですか?」
――――"タンッ"
「どうしてずっとここに?…えぇと、この世に未練があるんですか?」
――――"ドンッ"
「そうですか…あなたも観光客だったんですか?」
――――"コンコンッ"
「男性ですか?」
――――"…"
「(あれ?)……えっとあなたは老人ですか?」
――――"…"
「……」
ここまで聞いて私はある可能性に気づいた。そして最後の質問をする。
「アナタタチハ、ナンニンデスカ?」
――"ドンッ"
"ドン!!!ドンドンドンドンドンドンドンドンドドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドンドンドンドンドンンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドドンドンドンドンドン"
カテゴリ:心霊・妖怪
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