崖の男
ちょっと長くて失礼。

独身の頃の話。
心霊現象が多いと噂される某山中に、仕事仲間数人と行った。もちろん深夜。

私の乗った車には、運転席にT(男)、助手席にA(男)、後部席にK(男)、そして私(女)という面子だったと思う。
もう一台は、運転手以外女の子たち。要するに、私たちの車は「特攻部隊」だった。

女の子たちの車を山のふもとのドライブインで停める。
先に私たちが奥に入って、何事もなかったら連絡するという手はずだった。っていうのも、見えるのが私しかいないから。

ゆっくりと、暗闇の細い道路を進んでいく。舗装されてはいるものの、窓から手を出せば側面の木々に当たるほど、圧迫感がある。
5分ほど走ると、切り返せばUターンができる程度の広い場所に出た。
「出てみるか」とTが言うので、Aと私が後に続く。

ところが、Kが出てこない。
「どしたの?」と声をかけると、「怖くて立ち上がれない」と震えている。
ふだん威勢がいいだけに、TとAに笑われるが、Kの怯え方は尋常ではない。

私は、TとAに、先に行くように促した。
彼らが車から離れたところで車内に戻り、Kの背中をさすった。「何もいないから大丈夫だって(笑)」と声をかける。
けど、実は内心途方に暮れてたんだ。だって、車の後ろの窓には何体もの「物体」が混ざり合って呻き声あげてるんだもん。

車にいるのはまずい気がしたけど、Kを引きずり出すのも適わない。
「何か聞こえないか?!」
Kは取り乱して、ますます呼び込むようなことを言う。
(馬鹿野郎。こっちは必死で無視してんだよ!)という本心は隠して、Kを残したまま、私も車から出た。

10メートルぐらい離れたところで談笑していたTとAを呼び、帰ったほうがいいと伝えた。
その際、運転手のTに「バックミラーは見ないでね」と頼んだが、無神経を自称するTは「幽霊見たいから、チェックしてく。事故らないから大丈夫」と、当てにならない自信を覗かせた。
当然、帰りは厳重にシートベルトをした。

車は、またゆっくりと山道を下りていく。
さっきは気にならなかったが、側面の木の枝がときどき窓に当たった。「車、左に寄りすぎてるよ」と注意すると、Tは「右はあと10センチしか空いてねえ」と反論した。
山が狭くなるなんて現象があるんだろうか?

トラブルなくドライブインまで下りて、もう1台に状況を説明し、今日は素直に帰ろうということになった。
女の子たちの車を先に行かせ(私たちが事故ったときに巻き添えにならないように)、後からついていく。

ドライブインからすぐのところに、大きな左カーブがある。そこだけ山が途切れ、右側はぱっくりと崖が口を開けている。ガードレールがなかったら、カーブであることすら気づかなかっただろう。
その崖の下から立ち上がるように、巨大な青年が上半身を覗かせていた。傍らには壊れたバイクを抱えて。

「何か聞こえたな…」とAが言った。
Tが「腕が痛い」と右手をハンドルから離した。
Kが「危ねーなっ。片手で運転するなっ」と半狂乱でわめいた。
私は、頭にきたので、Kの頭を思いっきり殴った。

ふもとに下りてから見たものを説明すると、もう1台の車でも「血のイメージが湧いた」「バイクの音が聞こえた」らしい。
メンバーの中で唯一のバイク乗りのTが、「なんで俺だけ腕が痛くなったんだろ?」と不思議がったが、あの巨大な青年の右腕がヒジからなかったことは伝えなかった。

「バイクの事故には気をつけてね」とTをねぎらうと、Tがニヤニヤしながら「あんたが乗ってないときは、ここまで神経使わないけどな」と言った。

仕事はとうに辞めたが、Tとは未だにいい友人関係を続けている。

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補足。

崖にいた青年の霊は悪霊じゃない。
彼は、カーブに差しかかる手前で、Tの腕に疼痛を起こし、Aに語りかけた。それがなければ、車は減速しなかった。
巨大な姿を見た私は、運転しているTに、「ここ、事故が多いよ」と忠告できた。

カーブを乗り切って後ろを見たら、青年は笑顔だった。
ふもとに下りたあと、Aが言った。
「なんかねえ、気をつけてって言われた気がした」

私は、面白半分で霊場に行ったメンバーの前で、青年が不憫な姿になっていることを伝えるのをためらったんだ。

一ヶ月ほどしてから、いまの旦那に運転させて、もう一度あそこに行った。お礼をして、青年が天国に行けるように願った。
それから、様子見をかねてTに連絡し、青年の右腕のことを話した。Tも、ツーリングの途中で供養に寄ると言った。

2週間ほどでTから返事がきた。缶ジュースを供えてきたとのこと。
「片腕じゃあフタが開けられないから」と、開栓して中身を崖下にぶちまけてきたらしい。
Tはいいヤツだが常識はない。

私が遭遇した霊の多くは、祟ることもなく、むしろ事態を好転させてくれる。

Good

カテゴリ:心霊・妖怪
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