ばあちゃんの死
なぜか、親戚の死に絡んで、不思議な目によく逢う。
最初は、高校学園祭の準備をしているときだった。
クラス対抗の行灯行列用に、角材の骨組みにカナヅチを振るっていると、グラウンドの木立の影に、誰か立ってこちらを見ているのに気づいた。
顔はよく見えなかったが、一瞬でばあちゃんだと解った。
「ああ、ばあちゃんか」と思って釘の頭を叩いたとき、はっとした。
こんなところに一人で来れる筈がない。ばあちゃんは、入院しているのに…。
すぐにその木立の方を振り返ったが、そこには誰も居なかった。

ふた月ほど前、休日の昼間、ばあちゃんが自宅の台所で倒れているのを、遊びに来ていたおいらが最初に見つけて救急を呼んだ。動かさない方がいいと漫画で読んで知っていた。症例にも心当たりがあった。
案の定、クモ膜下出血だった。(手塚先生ありがとう)

幸い、命は取り留めたものの、その後のボケ具合はかなり強烈。一方畑仕事で鍛えた体は何処も悪くなかったため、病院内でゾロゾロ徘徊してしまい、大変だったらしい。
伯母さん、お袋、小母さんの三姉妹は交代で付き添った。
時折、記憶がフラッシュバックするのか、ばあちゃんは目を見開いて、お袋達を口汚く罵ることすらあったという。
「あんなに昔のことなのに」
「だって、そのころは母さんも生まれてないでしょ?」
「オオタニ」
「よく覚えていたもんだね」
「あれが、ばあちゃんの本心だったのかも知れないね」

制御の効かなくなった頭から溢れ出る、「正」も「負」もごった煮の、ナマの感情。

それを、マトモにぶつけられた娘三人の心労と負担は、計り知れない。
ある夜、三人揃って、夜中泣いているのを見たこともある。疲れているのがわかった。
(当然、旦那連中も協力を惜しまなかったことを付け加えておきます)
基本的におばあちゃん子だったおいらが、見舞いに行きたいというと、逆に言われた。
「見舞いに行ってもお前とは解らないだろう。行ったところで仕方ない」と。

…ゆえに状況を詳しく知らず、のほほんと高校生活を勝手にエンジョイしていたおいらも、その時は持っていたカナヅチを放り出し、何か不吉なものを感じて速攻で学校を早退した。
家に帰り着くと、親父も弟も早引きしてきたらしく、慌ただしく身仕度している。

「もしかして、ばあちゃんか?」
「今学校に電話しようとしてたところだ。どうして解った?」
「学校に、ばあちゃんが来た」
親父は「そうか」と言ったきり、それ以上話さなかった。

通夜と葬式は無事に終わったが、出棺のとき、霊柩車の最後の別れのクラクションが故障して、しばらく鳴り止まなかったのを覚えてる。
それからはいろいろと奇妙な事が立て続けに起こった。仏壇から手が出ているのが見えたり、微妙にばあちゃんの遺影の表情が変わったり。
それまでは不思議と嫌な感じはしなかった。だって、おいらのばあちゃんだもの。

そうこうしているうち、高校三年になって、おいらに彼女が出来た。
弱小部、部長の権限で一年生の後輩を運よく引っ掛けて…まあ自宅同士だったし、当然Hもない、今でいえば清い交際だ。
その頃、祖父母が亡くなって残ったのは全部女の三姉妹。既に全員が別の家に嫁いでいて、母方の実家が空く状況になり、結局、おいらの親父が嫁方の墓を守るという約束で、おいら家族は札幌の借家を引き払い、祖父母の家に代わって住むことになっていた。

…ゆえに、急においらの家は広くなり、文化系である我が部活は、合宿しようということになった。この家で。

ちょっとばかり隠しておいた酒も飲み、いざ就寝というときも、男部屋女部屋を区別するでもなく、一間のまま一階の広間に、有りったけの布団を敷いて雑魚寝をした。
部員同士、おいらと彼女が付き合っていたのは明白・公認だったので、当然彼女の場所はおいらの横。衆人監視の中、どうのこうのできる筈もなく、ぎりぎり隠れて手を繋ぐくらいで眠りについた…と思った。

その夜中、生まれて初めての金縛りにあった。意識ははっきりしている。横に彼女の頭が見える位置だった。

気配がした。誰か居る。見下ろしている。

けど、その視線はおいらに向けられたものじゃなかった。
ばあちゃんだった。すぐ横に寝ている、彼女の上に座っていた。
そのままの実感のある、いつもの姿で彼女の上に正座している。ギーっと目を見開いて、彼女の顔を眼前まで覗き込んでいた。
彼女は寝息を立てている。気づいていなのか?重くないのか?
いや、ばあちゃん、そもそもなんで出てきたの?よりにもよって今夜に。それも彼女の上に座って、何してんの?

「!!!!!#$&%@#$!!!!!」
声にもならない呻きを振り絞った。多分何かの音になったと思う。
ばあちゃんは、目を見開いたまま、おいらの方に振り向いた。
正直、恐ろしかった。あんな顔と、目を見たことは今まで一度もなかった。
目をそらすことができない。ばあちゃんは目を見開いたまま、彼女とおいらを見比べてる。

「俺を想ってくれるのは嬉しいけど、もう、そうやって出て来るのは止めて下さい!」
汗だくになりながら、ようやくそこまで言い終えた。
それまで目を見開いていたばあちゃんは、それが聞こえたのか、一瞬固まった様に見えた。そして少し小首をかしげ、何か言いかけたまま、スーッと消えた。

結局この後、おいらのこの声でみんな起きだしてしまった。こっちはこっちで、急に恥ずかしくて堪らなくなった。これはウチの家族の問題だ。他人を巻き込むことじゃないし、寝ていた彼女にも本当のことなんか言えない。しかも、部長たる自分の家での一件だ。
これは誰にも話せない。

内心で、おいらは後悔していた。ばあちゃんは何か言いたかったのか?それを聞けなかった。
そしてもう二度と、ばあちゃんにはこの世では会えないだろう。そうボンヤリ確信していた。何故なら、おいらが言ってしまったのだから。「もう会いたくない」と。
あんなに好きだったのに。
今更どんなに謝っても、届かない。

人は死ぬと、いつの時点の記憶を持って現世に化けて来るのだろう?
きっとあった筈の、若く楽しかった時の優しい思い出か?
それとも亡くなる直前の、ボケてしまった状態の、記憶とも呼べないマダラな断片か?
この世への恨み?苦しい痛み?

死者は、向こうでも永遠にそれを繰り返すのだろうか?
もしそうなら、…そしてそれが後者だったとしたら、悲しすぎる。

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おいらです。
駄目ですね。自分で読んでてクドい。

あれから、後日譚がありまして、結局その彼女とはHできずに、程なくして別れる羽目になりました。
…実際、あまり良い別れ方ではなかったのが悔やまれます。
ばあちゃんが何か言いたそうにしていたのは、そのことだったのかもしれません。
『この子はやめておきなさい』と言おうとしていたのかも…。と今では思ったりしてます。

駄文失礼しました。

Good

カテゴリ:心霊・妖怪,シリーズもの
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